スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Ring Wandering(1)

※注意
現代パラレルモノです。
というよりキャラクターの外見と性格を使った一次創作です。
モンハンの要素は皆無ですすみません。
刑事モノのファンタジーです。が、内容はけっこう重いですので注意。
文章構成力が皆無で申し訳ない・・・

このお話はフィクションであり、
実在の人物・団体・事件などとは
一切関係ありません。






R i n g W a n d e r i n g
クラウザー&アルフォンス_027

――リングワンダリングとは、人が方向感覚を失い、
   無意識の内に円を描くように同一地点を彷徨い歩くことを指す。


   * * *


 そういえば、地上の星なんていうタイトルの歌があったなぁ。
 歌っていたのは中島みゆきだったか。
 数年前のヒット曲だったけど、当時あまり興味がなかった。今も特にない。歌がどこかで流れているのを聞いたことも、片手で数えられるくらいだ。耳に残る曲だったので、覚えているだけだ。
 私はそもそも、テレビを見ない。ラジオも聞かない。インターネットにも縁がない。雑誌にも新聞にも興味をそそられない。
 いわゆる、等しく「情報媒体」と呼ばれるものすべてに、まったく関心がないのだ。
 流行の歌手やタレントも知らない。最新のファッションも人気のスイーツも知らない。しかしこれで普通に女子高生をやっていられるというんだから、不思議なものだ。友達も、少ないわけではない。普通に、不自由しない程度に、いる。
 私の学校では社会問題になっているいじめや学級崩壊などもないようで、ひどく安定し、幸せな学園生活を送っている。
 そう、何不自由なく。
 幸せな日々。
 何事もなく過ぎて行く、毎日。

 では、なぜ私が、今こうして新宿区にある高層マンションの屋上で、眼下に広がる地上の星を見つめているのか。
 まるで、――飛び降り自殺でもするかのように。


 二週間前、両親が亡くなった。
 それは、不幸な事故だった。
 本当に不幸としか言いようがない。父と母は熱海に二人だけで旅行に行っていたのだが、目的地に向かう途中、居眠り運転のトラックが赤信号を無視し、両親の車に突っ込んだのだ。
 即死だったらしい。
 死体や車の確認は、母方の祖父がしてくれた。「有ちゃんは見ちゃいけないよ、おじいちゃんが確認したから。ちゃんと、有ちゃんの、お父さんとお母さんだったからね……」と嗚咽を堪えながら教えてくれた。

 あれから、二週間。
 私は、とりあえず、両親のいない自宅に、ひとりで住んでいる。
 色々と面倒な保険や相続やらなんやら、書類だのお金のやり取りだの、そういった一切は、祖父母がやってくれた。
 トラックの運転手は重傷だが生きていて、業務上過失致死で逮捕された。しきりに、残された一人娘である私に謝罪したいと言っているらしいが、私はそれを無視し続けている。
 あれから、二週間。
 お葬式も済んで、悲しみも少しだけ、ほんの少しだけ薄れてきた、今。
 一通の手紙が届いた。
 宛名は、私。差出人は書いていない。
 不審に思ったけれど、その手紙を読んだ。
 そこには、たった一行、
「貴女の親は 故意に殺された」
 と、プリンタで出力した無機質な字で書かれていた。

 明らかに事故だった。
 加害者も罪を認め反省し、彼を寝る間もなくこき使っていた運送会社も記者会見で謝罪した。念のため警察が調べたところでも両親との関係性はなく、事故を疑う余地はまったくなかった。
 しかし、その手紙の一行は、それを否定していた。
 よくある、いたずらなのかもしれない。
 それなりに大きなニュースになったし、マスコミは連日取材に殺到していたし。それで誰かが残された娘である私のことを知ったか調べて、嫌がらせをしているのかもしれない。
 でも、何か気になって、その手紙のことを警察に話してみた。
 返ってきた答えは、予想通り「いたずらでは」とのこと。
 それはそうだろう、それ以外の何者とも思えない。――しかし……。

 今日も、学校から一歩出ると、死体に群がるハエのように、民放のテンション高いレポーターたちが、私を一斉に取り囲む。
「お父様、元刑事部長がお亡くなりになったのは、本当に事故なんでしょうか!? 事件性もあるとの話を聞いているのですが、お嬢さんはどうお考えですか!?」
「警察内部の闇を内部告発しようとなさっていた、という噂もあります! お父様はそのようなことを家でお話になったりしませんでしたか!?」
「北見さん、お話を……!」

 私の名前は、北見有。有と書いて「ゆう」と読む。
 亡くなった父の名は、北見順司。警視庁刑事部の、刑事部長、だった。
 私はよくは知らないが、警視庁の実質上一番えらい人、だったらしい。
 父も仕事のことはあまり話したがらなかったし、私も興味なかったので、「お父さんは警視庁で制服を着てるちょっとえらい人」くらいの認識しかなかった。
 ただ、大きな事件が起こるたびに、お休みの日でも呼び出されて出勤していたので、大変なんだなあ……と子供ながらに思ってはいた。

 父が超えらい人だということを知ったのは、恥ずかしながら父が亡くなってからだった。
 連日押しかけるマスコミの皆さんが、聞いてもいないのにご丁寧に教えてくれる。
 情報の暴力。それはまさに、拳に訴えない、暴力だった。

 私は、テレビを見ない。新聞も読まない。父の仕事の内容を聞いたりもしない。
 “情報をあえてシャットアウト”している。
 しかし、この善意の暴行者たちは、私が得たくもない情報を、毎日毎日、拒んでも拒んでも、勝ち誇ったかのように与えてくるのである。
 だから私は、父が警視庁のトップであったこと。キャリア・ノンキャリの差別を少なくしていく方針で、ノンキャリの部下にたいそう慕われていた反面、昔ながらの縦割り社会を好むエリートたちからは蛇蝎の如く嫌われていたということ。父には常に何者かの監視がついていたこと。命を狙う輩がいたらしいこと。などなど、今まで知らなかった、いや知ろうと思えば知れたろうが、“あえて知らなかった”ことを教え込まれていく。

 だから、あの手紙が、「いたずらだろう」で一蹴できないことも、知っている。
 警視庁内部の事情に詳しい人間や、あるいは情報オタクが、それこそ本当に嫌がらせで送ってきたのかもしれないが、父にとってまったく身に覚えのないことではなさそうなのは、知ってしまった。

「……つっ……」
 こめかみに、鋭い痛みが走る。
 そこから、じわじわと脳に映像が広がる。
 じわり、と。こぼしたコーヒーが、机の上の白い紙を侵食して模様を描いていくように。
 色あせた写真のような映像が、前頭葉を侵食していく。
 ――まずい。
 こめかみの痛みは、断続的に響き、痛みの間隔が短くなっていく。
 発作だ。こうなることは“分かっていた”。だから、すでにそこに向かっている。
 こうなってしまうと、“それを引き起こした情報とその情報に関連するもの以外”に強く心を奪われなければならない。
 たとえば強い感情――怒り、驚き、恐怖。
 私はなるべく心を無にするように心がけながら、ふらふらと行き付けのビルへ向かう。
 ここ数日あまりに大量に与えられた情報から、危機は感じていた。
 が、今日届いたあの手紙。あれが決定打だった。
 手紙や写真のような、「媒体」は「触媒」、質量を持たないただの「情報」よりもトリガーを引きやすい。
 あの手紙を「ただのいたずら」と一蹴できなかったのは、それに触れ、文面を見た瞬間に、侵食が起きたからだ。ただのいたずらであれば、触媒にはなり得ない。

 こめかみから脳を貫く激痛にさいなまれながらも、いつものビルにたどり着いた。
 このビルは、高層ビルのくせに、管理が若干甘い。52階にあるIT企業のオフィスから非常階段を使うと、やすやすと56階――屋上に行き着いてしまう。この屋上には無用心なことに身長を超えるような高い柵などはない。胸の高さくらいの、手すりのような柵があるだけだ。
 私は、その手すりにつかまりながら、宙に身を乗り出す。
 ――地上の星、か。
 新宿の夜景は、美しい。
 こうして地上を遠く離れ、天に近い場所から見る地上の星々の、なんと美しいことか。しかし、地上に近づけば近づくほど、そこを這い回るモノどもの醜さを目の当たりにして、気持ちが悪い。暴行、傷害、窃盗、詐欺、恐喝、強盗、放火、横領、背任、脱税、――殺人。
 ヘドロのような甘くもったりとした汚い空気にまみれている。

 私は、そんな新宿を見下ろしながら、一歩、空中に足を踏み出した。

「おーっと、待った。そこまでだ」

 急に後ろから声がかかったかと思うと、腕を乱暴につかまれ、引っ張られた。
 心臓が飛び出るかと思った、とはよく聞くたとえであるが、まさにそんな感じ。
 私は驚きで軽いパニックに陥った。
 自由な方の手を振り回し、屋上に張り巡らされた冷たい鉄の柵を掴もうと暴れる。この柵が、私の唯一の命綱であるからだ。
「おい、いたたた、暴れるんじゃない! 大人しくしろ、危ない!」
 いきなり腕をひねりあげられ、無理やりに柵から離れた安全な場所に引きずられる。
 カッ、と首から上に血が上るのを感じた。
 驚きというより怒りで、私はその乱暴な手の持ち主を振り返り見上げた。
 男だった。かなり角度をつけて見上げねばならないくらいの、長身。180センチ以上はあるに違いない。
 黒い長髪をざっくりオールバックにして、後ろで束ねている。そこそこ整った顔立ちをしているのに、髪はぼさぼさ、ワイシャツの裾は片一方だけズボンからはみ出している。明らかに無精だ。若いのか年なのか一見判断しかねる、年齢不詳の男。そいつが、私の腕を掴んでぎりぎりとひねっている。
「何、するのっ」
 関節がギシギシいう痛みに顔と声が歪むのが自分でも分かった。真っ先に誰何の声を上げようと思ったのに、あまりの痛みにその行為をとがめる言葉の方が先に出た。
「ああ、痛かったか、悪いな。でもな、下に落ちたらもっと痛いんだぞ。これで済んでラッキーだったと思えよ」
「はい!?」
 何か勘違いされているらしい。
 いや、自分でも、勘違いされてもおかしくない行動だというのは分かってはいる。つまり、この男は、私が自殺をしようとしているのを止めたつもりでいるのだ。
「あんた、まだ高校生だろ? 早まっちゃいけねぇなぁ……。学校でいじめられたか? お兄さんが、話を聞いてやるから」
「あの……あの、誤解です!」
「なんだ、いじめじゃねぇのか。まあ何にしても、喫茶でも入ってあったかいココアでも飲んでゆっくり話しようや」
「ち、違くて……、自殺、しようとしてたんじゃ、ありませんから……」
 そう言うと、男は私をひねりあげていた手を下ろし、しかし慎重に腕はつかんだままで、複雑そうな……可哀想なものを見るかのような目をして私を見た。
「……今はなんでもいい。とにかく、一緒に下に降りてくれるな?」
 あ、信じてない。
 諭すような、言い含めるような口調で、屈んで私に目線を合わせてくる。
 そりゃあ、こんな高層ビルで、屋上の柵を乗り越えて足踏み出してたら、誰だって自殺だと思う。私だって他の人がやってたらそう思う。でも、私の場合は違うのだ。
「本当に違うんで……。自殺とか、する気全然ないですから。放っておいてもらえますか」
 実際、既に目的は達成された。
 こめかみから響く頭痛は嘘のように治り、脳を侵食するセピア色の情景も消え去っていた。
「あのね、君。そう言われて、放っておくと思うの?」
 男は私を掴んでいる手に少し力をこめて、離さないという意思表示をした。
 ですよねー……。
 私だってもし同じ立場だったら、「じゃあ……」とか言って立ち去るとは思えない。交番に連れて行くかしばらく一緒にいて話を聞いたり、ご家族に連絡してみたりと、おせっかいの限りをするだろう。
「分かりました……」
 喫茶店でココアを飲む間に誤解を解ければ問題ないだろう。
 実際、自殺なんてする気はなかったのだから、すぐ納得してもらえる……はずだ。
 だが、あんな場所で自殺する以外に空中に身を乗り出す理由を、説明するのは厄介そうだった。
「あの……ところで、あなたは?」
「ああ、俺? 通りすがりの、イケメンお兄さんです」
「…………………………」
「何、その目」
 自殺を止めてあわよくばナンパする、などという器用な真似をする人がいるとは思えないので、自殺ではないけど自殺だと思って止めようとしてくれた人に対する説明責任を果たすべく少しの時間だけ喫茶店に行くのは構わないかと思ったが、よく考えたら私は17歳の女の子で、この人は身元も知れぬ、男なのである。さらに言えば、ここは高層ビルの屋上。通りすがれる場所ではない。52階のIT企業の社員さんかとも思ったが、さっき見た時には受付に人はおらず、誰にも見咎められてはいないはずだった。つまり、地上から、私に目をつけて後をつけてきた可能性が高い。
「……交番に、行きます。自殺しようとしてたんじゃないこと、おまわりさんに説明します」
「はぁ? なんで……、……ああ、なるほど。俺を不審者だと思ってるのね?」
「…………」
「おまわりさんになら、話せるんだ?」
「ええ、まあ……」
「じゃあ俺にも話してくれるか?」
「いや、だから、交番に行きますから……あなたには、関係ないです」
「いやぁ、だってさ、」
 男はそこでいったん言葉を切って、ニヤリと物騒な笑みを浮かべて私を凝視する。
 私はなんとなく嫌な予感がして、気勢を張って男をジロリと見返した。

「俺もおまわりさんだから」

「…………………。……え、え、えええええええええええ!!?」
 ズボンのポケットから黒っぽいものを取り出して、パカッと開いて見せる。
 こういうのは普通スーツの懐から取り出すものじゃないか……などと、場違いなことを考えながら、その旭日章がついたこげ茶色の手帳を凝視した。
 お父さんが、持っていたのと同じだから、多分本物。
 私はその警察手帳と男の顔を代わる代わる見て、「え」を連呼していた。
「あのなぁ、その反応って失礼じゃないか?」
 男が顔をしかめる。
 だって、こう言ってはなんだが、警察官には見えない。
 52階のIT企業の社員さんにも見えなかった。なんというか……小汚いというか。不潔とは違うのだが、しわの寄りまくったワイシャツに、プレスが落ちてくたくたになったズボン。前髪が邪魔だからと適当に後ろで縛ったっぽい髪型。しかもワイシャツはズボンからはみ出している。どう見てもまっとうな職業の人とは思えなかった。それが、お父さんと同じ、警察官だなんて……。
 父は、すごく身だしなみに気を使う人で、いつもその制服はピッシリしていた。上から下まで念入りにブラシをかけ、ズボンは綺麗にプレスがかかっており、シャツものりがきいてアイロンが丁寧にかけられていた。だから、警察官というのはみんなそうなのだと思っていた。
「……何か、言いたそうな目だな?」
「い、いえ別に……」
 彼の目が少し半月状になったのを見て、慌てて服装から目を逸らす。
 もう一度警察手帳を見ると、彼の(制服を着ていて今よりは少しましな身なりの)写真の下に「巡査 鵜澤蔵之介」と書いてあった。
「うざわくらのすけ、だ。鵜澤お兄様、と呼んでくれて一向に構わない」
「蔵之介さんですね」
 私は気を取り直して私をつかんだままの蔵之介の手を引き剥がした。
「自殺しようとしてたんじゃないって、納得したら帰してくれますか?」
 と言うと、蔵之介はなぜか不満そうに口を尖らせた。
「スルーかよ、突っ込めよ!」


   * * *


 私は、ぐったりしていた。
 ふかふかの背もたれに眠るようにもたれかかる。案外気持ち良い。もう家に帰らないでここで寝ちゃおうかな……。
「で、アル。君はその寂しい思いを夜空にブチまけるために、飛び降りようとしていたわけだな?」
「……アルじゃなくて、『ゆう』って読むんですったら。あと、飛び降りようとしてたんじゃなくて……、ああもう何回言ったら分かってくれるんですかあ!」
「君も強情だなぁ、早く認めて補導されなさいよ、俺に」
「だあああかああああらああああああああ! 違うんだってばー!」

 ここは、新宿百人町にある、喫茶店の一角。
 私の悲鳴のような魂の叫びが、先ほどから何度も響き渡っているが、こちらに注意を向ける客も店員もいない。場所柄なのか、こういう客同士のいざこざ? には慣れっこなのだろう。
 思ったとおり、警察官・鵜澤蔵之介との交渉は難航した。
 でも、思っていた方向にではなく、斜め上な方向に。

 蔵之介は、みかけは警察官らしくなかったが、妙なところでどこまでも警察官だった。しかし、最終的にはやっぱり警察官らしくなかった。
 なぜあのビルの屋上に行ったのか、を何度も聞いてくる。
 なんとなくだ、深い意味はないと答えていたのだが、じゃあ発作的な飛び降りか、悩みはあったのか、友人関係家庭環境と事細かに問いただしてくる。
 どうでもいいでしょう、プライバシーです放っておいて下さい、と言うと、では不法侵入で補導する、と言う。
 だんだん面倒くさくなってきて、じゃあもう補導でいいですと言うと、俺の家で保護する、などと言い出す。
 頭が痛くなってきた……。「発作」とは、違う意味で。

「あの、だからなんで蔵之介さんの家に保護されなきゃならないんですかっ」
「わかっちゃいないな! 警察組織は危険だからだよ」
「少なくとも、あなたよりは安全だと思います」
 と言うと、彼は少し不愉快そうに半眼になった。
「俺はロリコンじゃない」
 さらに、君にはそういう下心は持ってない、興味ない、ガキは願い下げ、だと言ってきた。
 願い下げとまで言われると、いやらしい目で見られていないのは有難いことだろうに、なんだかムカつくのはなぜだろう……。
「なんなら、誓約書を書いてやるよ。アルにやらしーことしたら免職食らうっていう」
「……アルじゃなくて、ゆう、ですったら」
 もう面倒くさいからこの無間地獄から開放されるならなんでもいいのだが、疑問に思わないこともない。
 それは、なぜここまで、行きずりの自殺未遂容疑の女子高生を執拗に気にかけるのか、ということ。交番のおまわりさんにその旨伝えて、適当に調書取って帰させる、くらいが普通ではないのだろうか? 自宅に保護だなんて、警察官としてとはいえ行きすぎている行為のような気がする。えっちなことが目的の変態警官だったらそういう行動も分からないではないのだが(分かりたくもないが)、彼はそれは絶対にしないと、桜の代紋に誓うらしい。そうこの場では言うだけ言って、実際連れ込んだら撤回! というような空気でもない。なんというか、真剣そのものだ。さっきからかれこれ数時間話をしていて、真面目に私を心配してくれているらしいのが、さりげなく伝わってきた。
 蔵之介はメモ用紙に「私、鵜澤蔵之介は、アルにやらしーことはしません。したら警備部に自首して懲戒免職にしてもらいます」と書いて私に見せてきた。意外と綺麗な字だった。
「アルじゃなくて、ゆ・う。北見有って書き直して下さい」
「…………きたみ」
「…………」
 彼のつぶやきが何を意味するか分かって、私は沈黙した。
 この数時間、私は自分のことについて色々明かしていた。ニュースなどは見ないこと。友達はいるし、いじめもなく、普通に生活していること。父は警察官だったこと。――両親が、二週間前に亡くなったこと。
 私の父は、彼らの上の上の上のそのまた上の上司。直接関わりはなかろうと、名前と顔くらいは知っているのだろう。最近事故死して、苗字が北見の関係者、しかもそれが組織のトップの人間であれば、父の階級を言わずとも知れるのかもしれない。
「北海道にあるよな、北見ってさ」
「…………はい?」
「俺、行ったことあるぜ。オホーツク行った時」
 ……どうも、父のことは知らないらしい。でもそれはそうか。彼は自分を「警視庁の末端の末端、最底辺」だと言っていたが、そういう位置にいると刑事部長というのは雲上人なのかもしれない。
「ほれ、きたみに書き直したぞ。これでいいか」
「まだ、下の名前がアルのまんまですけど」
「いいじゃねぇか、細かいこと気にするなよ!」
「しますよ普通!」
 めんどくせぇ奴だなぁ、と言いながら、またメモを書き直している。
 変な人だ……。
「そう言えば、なんで私をマークしてたんですか?」
「ぁん?」
「だって、道端で車に飛び込もうとしてたとか、ホームで電車に突っ込もうとしてたとかなら分かりますけど、このビル、下からも見えないし。私を止めようとするには、地上から付いて来なきゃならないでしょ?」
 そうなのだ。通りすがりならともかく、このビルの屋上は“通りすがれない”のだ。つまり、私を地上にいる時から何か怪しいとマークして、彼は屋上までついてきて見張っていたはずなのだ。
「オーラ」
「?」
「自殺志願者ってのはさ、オーラが出てるんだよ。もう駄目だ、死のう、っていうオーラ」
「…………」
「リング・ワンダリングって知ってるか?」
「……いえ」
「吹雪、霧、暗闇……。そういう目印がなく視界が遮られる所で歩いているとな、ぐるぐると同じところを回り続けて遭難しちまうんだ」
「……それが?」
「お前、分かってなかったかもしれないけど、午後5時から確保時の午後7時まで、ずっと『この世の終わり!』って顔しながら、同じとこひたすらぐるぐる歩いてたんだぞ、このビルの周り」
 そう言われてみれば、そうだったかもしれない。あの手紙を手に取ってから、頭痛がどんどん酷くなっていたから、いつでも駆け上れるように、あの付近をうろうろしてたかも。
「お前には、目に見えない闇が取り付いてて、心のランドマークも失ってて、それで方向感官が狂わされてるんだろうと思った。自殺志願者ってな、みんなそんな感じなんだ。全員が全員じゃないけど、俺は……そういう人間をよく知ってる」
「それで、助けてくれようとしたんですか。……大きなお世話です」
「放っておけないわけよ、優しくてカッコいい鵜澤お兄さんとしては!」
「…………」
「心のランドマークはさ、おせっかいでもいいわけ。最初はね」
「……?」
 この人、意外と言うことが抽象的というか……微妙に難解で困る。ストレートに言ってほしい。
 私の気持ちが伝わったのか、蔵之介は苦笑いした。自分の言っていることが私にとって分かりにくいというのが、分かったらしい。
「アルは、今家に一人でいるんだろ」
 私はほんのわずか躊躇して、うなずく。
 祖父母が自分たちの家に来ないかと言ってくれたが、断った。両親と17年を過ごしたあの家を、離れたくなかった。でも、きっとそれだけじゃない。もっと複雑な、言葉で言い表せない気持ちがあった。祖父母のことは大好きだし、一緒に暮らしたいと言ってくれるのは嬉しかった。でも、私が納得するまで、心の整理がつくまで、一人でいさせてほしい、とわがままを言った。
 私は、だから、今、ひとり。
 突然、たったひとり。
 たったひとりで、暗くて広い部屋を、ぐるぐると歩いている。
 何の希望もないまま。突然に失われた光を求めて、ぐるぐる、ぐるぐると、歩いている。
「だからな」

「俺が、お前の人生の目印になってやるよ」


   * * *


 色々と本当にどうでもよくなっていたのかもしれない。自暴自棄とでも言うのだろうか。
 蔵之介の意味不明な台詞に突っ込んだり意味を尋ねたりするのも疲れてきて、私は彼が書いた誓約書を折って生徒手帳にはさみ、黙って彼の後をついていった。

 リングワンダリングを防ぐには、ランドマークを見つけるか、おのずから建てるのが良いのだそうだ。まあそりゃそうだ。目印があれば迷わない。暗闇なら、光があれば良い。
 そういう意味だ、と蔵之介は言った。意味が分からない。そもそも、この人はさっき初めて出会った、赤の他人である。いきなり初対面の人に、「お前の人生の目印になってやる」と言われて、引かない人がいるだろうか。いや、いない。絶対にいない。
 ということを、率直に本人にも言ってみたのだが、一向に堪えていない。「ハッハッハ、君には心のよりどころが必要なんだ!」とか言っている。勝手に決めないでほしい。
 でも、言い返すのも面倒なので、ただ黙ってついていく。
 私の「頭痛発作」については、話していない。話す必要もないことだし。
 今日はまあ仕方ないにしても、明日には家に帰ろうと思っていた。知らない人、それも若い(26歳だそうだ)男のご厄介になるのは、どこをどう好意的に解釈しても間違ってると思うのだ。

 午後も11時を回っていたので、祖父母に電話するのはやめておいた。
 逆にこんな得体の知れない男のところにこれから行くんだけど、などと言ったら泡を吹いて倒れてしまいそうだから、明日以降も黙っていたほうがよさそうだ。

「これ、俺のマンション」
「え、意外に普通! もっとひどいのを想像してたのに」
「……なぁ、それ、どういう意味なのかな? ん?」
 蔵之介が笑顔を引きつらせながら私の頬をつねろうと迫ってくるので、私は誓約書を挟んだ生徒手帳を出してそれをブロックした。
「誓約書を忘れたかっ!」
「ええっ、これはやらしい接触じゃねぇだろ!?」
「ぶー、アウト!」
「なにぃぃぃいいいい正当なおしおきもできないとは何のために生意気な女子高生を保護したのか分からんー」
 その言い方が本当に悔しそうだったので、ちょっとおかしくて、聞いてみる。
「蔵之介さんってさ、何の部署なの? 補導とかよくする人なの?」
「いんやぁ? 補導はアルが初めてだ」
「警視庁に勤めてるんだよね?」
「ああ……まーね……」
「刑事部なの? 捜査一課?」
「よく分かったな。ま、俺は特殊犯捜査第4係の人間だから、お前が考えてる捜査一課のイメージとは、違うだろうけどな」
「ふーん……」
 あまり警視庁について詳しくはないが、捜査一課についてはわかる。強行犯罪捜査のエキスパートが集まっているんだったっけ。でも特殊犯捜査4係…? なんだろう、聞いたことがない。
 どんな部署なの? と聞いたら、最近は上司の命令でカードゲームばっかりやってる、とか言っていた。この人らしい部署だわ、と思う反面、国民の血税で何やってるの、と思わざるを得ない……。

「で、ここ。402号室だから。これ、鍵。お前にやる。なくすなよ? あと、出かける時面倒だからって玄関マットの下に隠したりするなよ?」
 明日帰るから、いらない……となんとなく言いそびれた。まあいいや、帰るとき返せばいいか。押し付けられた鍵をしぶしぶ受け取って、入れよと促す蔵之介に続いて部屋に上がった。
「おじゃましま~す……」
「俺以外誰もいねーよ、馬鹿」
 蔵之介の部屋は。正直、びっくりだった。
 ワンルームなのだが広い。この都心の立地でこの広さは結構な家賃取られているのではないだろうか?
 いや、それもびっくりといえばびっくりだが、そんなことより。
 この部屋には何もない。
 セミダブルベッドがひとつ。ただそれだけ。
 冷蔵庫も洗濯機もテーブルもソファも電子レンジもテレビも何もない。
 私が目を丸くしてその様子を見ていると、蔵之介が愉快そうに笑った。
「こういう部屋は珍しいか?」
 普段友達の家にもあまり行かないし、男の人の部屋に入ったのはこれが初めてだから、珍しいものなのかどうかはよく分からないが、正直、この人の風体から、ものすごい汚い、これぞ男の一人暮らし! というような部屋を想像していたので、あまりのギャップに声も出ない。それも、きちんと整理している、とかそういうレベルではなくて、物が「一切ない」のだから。
「……ひょっとして、引っ越してきたばっかり?」
「いや、もうかれこれ4年かな? ここに住んでからは」
「じゃ、じゃあそろそろ引っ越すの?」
「その予定もねぇなぁ。ここ、便利だからな。都心だし」
「じゃ、じゃあなんで何もないの?」
「なんでって。ほとんど家になんて帰らないしな。帰ってきても寝るだけだ。家具なんていらないだろ?」
「そ、それにしても、冷蔵庫ぐらいはあってもいいんじゃないかな……」
「家でメシなんて食わないぞ。だったらあるだけ無駄だろう。電気食うし」
 な、なんて偏った人なんだろ……。私はその狂気にも似た潔さにちょっとめまいを感じた。
「ベッド使っていいぞ。俺は床で寝る」
「え、えっ、でも床、カーペットとかもないけど……?」
「慣れてるから。まだフローリングなだけマシだぜ……」
 ど、どういう生活してる人なんだろ……。怖くて普段の生活について聞けない。とても聞けない。
 今さらながらに、面倒だからってこの人についてきて良かったんだろうか……と不安になってくる。いや、普通に考えれば良いわけないんだけど。振り切って逃げちゃえば良かったかな……。振り切れるかどうかを考えると、結局こうするしかなかったんだろうな、という結論に行き着くのだが。

 蔵之介は、簡単に給湯設備やシャワーの使い方について教えてくれた。
 私の着替えや寝巻きはないので、蔵之介のシャツを貸してもらえることになった。
 シャツというからTシャツを想像していたら、まさかのワイシャツである。そういう趣味なのか、とガクブルしていたら、「ワイシャツしか持ってねぇ」とのこと。普段からワイシャツしか着ないらしい。ストイックなのか無精なのか仕事人間なのかそういう趣味なのか意見が分かれる所だ。
 シャワーを浴びてからワイシャツを着て出ると「目に毒だから」とすごく嫌そうな顔をしてベッドに押し込まれた。
 下着はお風呂場で石鹸で洗って、干させてもらった。
 なんだかとてもつかれた。
 今日は、長い一日だったな……。
 寝返りを打って枕に顔をうずめると、たばこのにおいがした。
 その時、ふと急に脳裏に蔵之介の言葉がよみがえった。

「俺が、お前の人生の目印になってやるよ」

 どういう意味かは知らないが、ずいぶん気障な台詞にも思える。時と場合と使い方によっては、プロポーズになったりもするかもしれない。
 あの時の蔵之介は、なぜかものすごく真面目な顔をしていた。
 見ず知らずの飛び降り未遂の女の子に、ここまでする理由って何なんだろう。人生の目印って何。リング・ワンダリング? 特殊犯捜査第4係…… 北見。
 色々なことがぐるぐると真っ暗で光のない頭の中を回っていた。
 蔵之介が使うシャワーの音を聞きながら、私はその光のない真っ暗闇に引きずり込まれるように眠りに落ちていった……

続き





去年の今頃考えていた(覚えておいでの方もおられるだろうか)有と蔵の話です。
需要はないと分かっているけど気が済むまでやってやめようかと。(苦笑)
でも実は、モンハンの二人の話、設定とも連動してます。
これを踏まえて本編の小説を書いていこうかな、と。

Comment

Post

管理者にだけ表示を許可する

Archive

Tags

Webclap

現在のお礼絵は 0枚 です
ちょっとしたメッセージ飛ばしたい時など
お気軽にご利用下さい


Search


Up Alert on Twitter

ブログ更新お知らせ兼アルBOTです。
フォロー/リムーブはお気軽にどうぞ。
(自動フォロー返しをしています)


▼特定のワードに対しリプライします▼
@m_h_m_n 今日のオススメクエスト
└現在はG1,G2,トレハン 59パターン


@m_h_m_n 今日の運勢
└モンハン占い 7パターン
他にも名前や挨拶などいくつかの言葉にリアルタイムで反応します。
Twilog

niconicovideo



Links


QR code

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。