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Ring Wandering(2)

【前回】→Ring Wandering(1)

このお話はフィクションであり、
実在の人物・団体・事件などとは
一切関係ありません。


警察ヲタならびに厨二病全開の設定です。
劣化刑事ドラマファンタジーだと思ってくだしあ





R i n g W a n d e r i n g
クラウザー&アルフォンス_028

――リングワンダリングとは、人が方向感覚を失い、
   無意識の内に円を描くように同一地点を彷徨い歩くことを指す。


   * * *


 人の気配がして、目が覚めた。

 見覚えのない天井。
 見覚えのない、白い壁。
 見覚えのないベッド。
 見覚えのない空虚な部屋。
 そして、見覚えのない……男。

 脳が、昨日のことを完全に思い出すまで、一分ほどかかった。

「よう、起きたか、ねぼすけ」

 その男は、床で腹筋運動をしていた。
 かなりの速度で上半身を起こしては倒し、起こしては倒ししながら、息ひとつ乱さず声をかけてくる。やっぱり色々な意味で不気味な男だ。
「今、何時ですか?」
「あぁ? 時間? そうだな、多分……十時くらいだろ」
 私はその言葉に跳ね起きた。そして部屋を見回して時計を探す。……ない。時計もないのかこの部屋は。慌ててカーテンもかかっていない窓を見やると、確かに日は昇りきって、すでに朝の日差しではなさそうに見える。
「よく寝たなぁ、お前。一日十時間寝るなんて、どこの小学生だよ。いまどき小学生でもそんなに寝ないぞ」
 私は焦る気持ちを必死に抑えながら、枕元に置いた携帯電話をまさぐる。十時十分。液晶に表示された1010の文字が、冷たくあざ笑うかのようにチカチカと点滅して1011に変わる。
「わ、わわ、なんで起こしてくれなかったのー!」
 私は焦りを言葉に変えて、相手にぶつける。
 言われた相手は、まるで気にしたふうでもなく肩を軽くすくめて、
「特に何も言われてねぇし。それに、眠い時は思う存分ゆっくり寝るのが一番!」
 などと言ってのける。
 私は頭がふらっとするのを感じた……。
「今日、平日なんだよっ! 普通に考えたら、学校があるって、分かるでしょー!」
 焦りが今度は怒りに変わり、私は人差し指を返す刀でひょうひょうと腹筋をし続ける彼に向かって突き出した。
 すると男はひっひっひ、と嫌な笑いをした。
「がっこうぅぅう? 何しに行くわけ? 給食の牛乳飲みに行くわけぇ? あ、高校じゃ給食はねぇか」
 何が言いたいのか、嫌味な口調で目を細めて、ベッドに身体を起こした私を意味ありげに見やる。
 私は彼の視線をたどってふと自分の胸元に目を落とし、寝巻きとして着ていたワイシャツがずれて胸元が大胆に全開になっていることに気付いて、慌てて掛け布団を身体に寄せてガードした。
 耳まで真っ赤になっているのが、自分でも分かる。
「みみ、みみみ見たなぁ!!! この、変態刑事!」
「言ったろ、どんなにウシチチでもガキに興味はねーよ。十年経ったら出直してきやがれ」
 などと言って、ワッハッハ! と笑っている。く、くうううぅぅぅ……!!!
 なんかよくわかんないけど、悔しいやら恥ずかしいやらで私は掛け布団に顔を突っ込んだ。
 学校、学校、なんで起こしてくれなかったんだよぅ、と駄々をこねるように何度も繰り返しつぶやき、布団に顔を押し付けたままいやいやをする。
 よく考えなくても理不尽な言い分であることは分かっていたが、次第に眠りから覚醒し、頭が冴えていくにつれ、今の自分の状況を客観的に見て……私は死ぬほど恥ずかしくなっていたのだ。だって、刑事とはいえ、見知らぬ男の家で、その男のベッドで、その男に借りたワイシャツ一枚で、一晩を過ごしてしまったのだ。状況が状況だったとはいえ、もっとごねたり抵抗したりして、この事態は避けるべきだったのではないのか。だってこれじゃまるで……遊んでる女の子、みたいだ。恥ずかしい。そして、その恥ずかしさを紛らわすために、さらに子供のような恥ずかしい醜態を晒していることに、私は混乱していた。
 男に顔を見られるのが嫌で、布団に顔をうずめたまま、立てたひざを抱いて、体育座りのような格好になる。
 そのままじっと動かずにいると、空気が動く気配が感じられた。男が立ち上がって私のそばに来たらしい。私は布団を剥がれないように、ぎゅっと両手に力を入れた。

「学校に、今のお前のランドマークは、ねぇよ」

 一瞬、何を言われたのか分からなくて、反射的に顔を上げて相手を見てしまう。
 ベッドで体育座りする私を、無表情な、それでいて冷たさは感じさせない目で見下ろしている。
 不思議な色の目だった。愛情や同情、慈しみとも違う。かと言って、軽蔑や恐怖、憎悪といった、暗くて冷たい感情でもない。ただ、何の感情もこもらない目の色。私はその目に射竦められたように、動けない。
 黙っていると、躊躇うような間の後、彼はそっとため息をついて、静かにこう言った。

「言ったろ、俺がお前のランドマークだ。だから、学校に行く必要は、ない」

 それは、不思議なくらい、とても厳かな言葉だった。
 でも、だからといって、納得できる言葉でもなかった。
 私は彼のまなざしの金縛りから解かれて、眉根を寄せる。
「それは、蔵之介さんが決めることじゃないよっ。私は自殺もしないし、今まで通り普通に高校生として生きていくだけ。だから、蔵之介さんに保護してもらう必要は、ないんだよ」
「………………」
 蔵之介は、今度は思いっきりため息をついた。飲み込みの悪い生徒に、何度も何度も同じ方程式を教える数学の先生みたいな表情だった。
「じゃあ聞くがな。今、学校に行っていて、何か役に立つことがあるのか?」
「や、役にって……。授業料払って、授業受けてるんだよ? 役に立つ立たないって話じゃ……」
「今授業受けていて、その内容が頭に入って来てるか? 友達にも先生にも気を遣われ、申し訳なくなって居場所がなくなったりしているだけじゃないのか? 通学途中も下校の時も、常にマスコミに張られてて、いい加減うんざりしているんじゃないのか? 今のお前にとって、『学校に行く』という行動は、本当に必要か?」
「…………!」
 私は、ベッドの上で少し身体を引いて、身構えた。蔵之介から少しでも距離を取りたかったからだ。
 この男が、今言ったことは、確かに正しい。全部的を射ている。でも、だからこそおかしい。
 両親が事故で亡くなったことは話したが、それでマスコミに追い回されているということについては、昨日触れなかったはずだ。交通事故がテレビや新聞などで大きく報道されることももちろんあるだろうが、でも、事故から二週間経った今でもなお通学途中も下校時にも張り込まれている、というのは、一般的ではない、と思う。私はニュースを見ないから実際のところは良くは知らないが、母や友人とニュースについての他愛もない話をしていた時、聞いていた経験から、そう思う。だから、おかしい。両親が事故死したからといって、殺人事件でもあるまいに、現時点でまでもマスコミに張られていると言う、確証はないはず。
「なんで、マスコミに張られてるって、思うんですか?」
「なんとなく、そうじゃないかと思ったんだよ。お前を追ってるっぽい仰々しいカメラ持ったヤツとかいたしな。昨日、あのビルの周りちょろちょろして、奴らをまいてたろ?」
 あ、そうなんだ、知らなかった。あの時もついてきてたのか、マスコミ。なんて鬱陶しい……。
 でも意図せずに彼らをまけていたのは幸運だった。もし、ビルの屋上から身を乗り出しているところを彼らに発見されていたら、今頃こんな騒ぎではないだろうから。……いや、“今頃のこんな騒ぎ”も充分困った状況ではあるのだが……。
「学校なんか行ってても、この『事件』は解決しないぞ」
「……え?」
 また自分の今置かれている状況に意識が向いて、首から上にのぼりつめる恥ずかしさを再燃させていたら、蔵之介が唐突に、かんで含めるようにそう言った。
 えっ、え……、事件? ……事故じゃなくて?
「俺が、手伝ってやるから。なっ」
「え、じけ……えっ?」
 彼はそれだけ言うと、踵を返して窓に向かったかと思うと、気持ちよさそうに伸びをしている。
 いやいや、いやいやいやいやいやいやいやいや。
「ちょっと待って、事件ってどういうことっ……!」
 問い詰めるように声を上げると、彼はへ? 何を当たり前のことを? とでも言わんばかりの顔を私に向けてくる。
「納得、いかないんだろ?」
 それは、確かに、そう。
 突然両親を奪われた悲しい気持ちが、両親の死を認めない、っていうだけじゃない。
 何か、気持ちの悪い違和感がある。
 あの手紙を読んだときの侵食は、私が読み取ろうと意図していないのに、明白な悪意を伝えてきた。

 明らかな、事故なのに。
 犯人もつかまっていて、両親とはまるで無関係の人で、事件性は皆無なのに。
 なのに、どこか剣呑な、硝煙のにおいがする。犯罪の、甘くよどんだにおいが。

「なんで、私が納得いってないって、分かったの?」
「そりゃ、昨日あんだけお前の話聞きだしてりゃさ、そのくらい分かる」
 腐っても刑事、なのだろうか。当たり前だろ? と言いたげな表情を浮かべて、腕を組んで首を軽く横に振っている。
「……手伝うって、何?」
「捜査。捜査のプロのこの鵜澤蔵之介お兄さんが、アルの捜査の手助けをしてやろうってこと」
 ……そういえば。もう十時を回っているというのに。この男は、出勤しなくて、良いのだろうか。こんな時間に、こんなところで、私みたいな女子高生と、おしゃべりをしていて、いいんだろうか。
 私は、その疑問をそのまま彼に伝えた。
「あの、蔵之介さん。……ところで、仕事は? 今日、お休みなの?」
 蔵之介は、ああ! と言って晴れやかににっこり笑った。
「今ね、俺、有給中なの」
「…………」
 少しでも心配して損した。
 なるほど、有給をもらったはいいものの、部屋にいてもすることがないから(何せ、テレビもゲームも何もないのだ)暇つぶしをしたい、といったところか。
 捜査ごっこなんて、彼にとってはおままごとみたいなものに違いないだろうに。
 私の思ったことが伝わったのか、蔵之介は苦笑した。
「昨日な、色々話聞いて、なんとなくほっとけなくなっちゃったわけ。気が済むまで付き合ってやるから、ありがたく思えよ」
「……暇、なんでしょ。有給中、することなくて」
「な! お前、エスパーか! エスパー魔美か!? なぜ俺の本心が分かった!」
 蔵之介はわざとらしく驚いて見せていたが、私にはなんとなく分かった。彼の、言葉の裏の心配してくれる気持ち、みたいなものが。
 半日くらい一緒にいただけだが、人柄というのは短い時間でもふとした瞬間に伝わってくる。多少不気味な部分も確かにあるが、基本的にこの男は「いい人」だった。困っている人を放っておけない系の。だから昨夜だって、なんだかんだ言いつつも、こうして赤の他人である彼の家までついてきて、一泊してしまったのだから。私は自殺しようとしていたわけではないが、本当に自殺を考えている時に蔵之介に出会ったら、きっと彼に感謝することになるだろう。
 私は、少しだけ体の緊張を緩めて、彼に向き直った。
「じゃあ、ひとつだけ気になってることがあるから、それを調べても、いいかな?」
「おお、いいぜ。今から捜査に行くか?」
 捜査ごっこをしましょうよ、と楽しげに目を光らせている。
 この人は、ひょっとしたら根っからの刑事なのかもしれない。昨日、自殺を止めようと必死に私の話を聞きだそうとしていた時にも思ったが、この人は警官としての活動全般が性に合っていて、好きなのかもしれない。
「有給は、いつまでなの?」
 ふと思い至ってそう聞くと、なぜか彼は一瞬逡巡した。
「……あ、ああ、二週間だ」
「そっか。長いね! 今日は、家に帰って、明日付き合ってもらおうかな」
 そう。どちらにしても変わらないのは、彼に保護される必要は、やはりないということ。
 自殺の疑いはもう晴れているだろうし、祖父母もたまに様子を見に来てくれるし、家に一人でいることに、何の問題もないのだ。
 しかし、そう言うと、急に彼は表情を引き締めて言った。
「駄目だ。ここにいろ」
「え……」
 少しだけ、ほんのちょっとだけだけど、半日を経てこの見ず知らずの刑事と心が通ったような気がしたのに。
 そのかたい表情を見て、私は悲しい気持ちになった。
「『俺が』お前のランドマークだって、言ってるだろう」
「……それ、意味わかんないもん……」
「何?」
「蔵之介さんが、私のランドマークって。どういう意味か、分からないよ……」
 蔵之介は、私を少しだけ哀れむように見た。
「今のアルには、俺が必要なんだよ」
「捜査を、一緒にしてくれるから、ってことでしょ? それ以外では、必要、ないよ」
「違う」
「違くないもん」
「違くなくない」
「……勝手に決めないで! おばあちゃんに……連絡する」
 なぜ? という疑問が、また胸の奥からじわりと湧き出してくる。暇つぶしに――、いや、お人よしで、私の調べたいことを手伝ってくれる、というのは、まあ、そういう人もいるのかな、と理解できる。でも、一緒の部屋にいろと強要するのは、おかしい。
 ひょっとしたら、えっちなことは「直接的には」しなくても、私が寝ているところや洗って干した下着を見たり、シャワーを浴びている音を聞いたりするだけで興奮する性癖の変態さんなのかもしれない。
 そう思って、不審を込めた目で彼を威嚇しながら、携帯をいじると、またもや彼は私の考えていることに思い至ったらしい。
「あのさぁ、これも何度も言ってると思うけど、俺、お前さんのこと、女として見てねぇから。欲情対象じゃねぇんだって。俺の女の定義は、25歳以上なの」
 私は無視しておばあちゃんに電話をかける。
 昨日この変な男の家に泊まったということを知ったら、驚いて心配するだろうが、今はそんなことを言っていられない。おばあちゃんに電話して、今の状況を話して、この男に電話をかわって、おばあちゃんに説得してもらおう。
 警察手帳を持った男が捜査協力してくれる、というのはおいしい話だが、それ以上に不審な点が多すぎる。調査に協力してもらいつつ、夜は家で一人で過ごせるのがベストなのだが。
 呼び出し音が何度か鳴って、電話口に優しそうな声が出た。おばあちゃんだ。
「あ、おばあちゃん? あのね……」
 私は現状を簡単にまとめて伝えた。ちらりと横目で蔵之介を見やると、彼も腕を組みながら横目で私を見ていた。不満げな顔をしている。
「な、な、なんだって……」
 当然のことながら、見知らぬ男の家に泊まったということを聞いて、おばあちゃんは絶句した。
「もちろん、何もないよ?」
 寝ている間にいたずらされた、ということもないようだ。私は、眠りがひどく浅い。身体に触れられたりすれば、すぐに目が覚める。実際、昨夜も一度それで目覚めた。蔵之介が、私の掛け布団がずれているのを親切にも直してくれようとしたのだ。ふっと覚醒し、その気配とふわりと肩にかかる布団の感触は覚えているが、身体に触れられたりということはその時も含め一切なかった。
「それにしても、有ちゃん……」
 おばあちゃんは、おろおろとその人はどんな人だい、悪い人じゃないだろうね、お金や貴重品を盗まれたりしなかったか、脅迫されたりしなかったか、などと聞いてくる。
 ここにいろとしきりに言われるのは、脅迫……とまではいかないか。「ここにいろ、出て行こうとすればお前を殺す」とでも言われれば、立派な脅迫だろうが。
「じゃあその人に電話、代わるから」
 と一方的に言って、私は携帯を蔵之介につきつける。
 蔵之介は、そんな私を忌々しそうに見て、携帯を受け取った。
「もしもし……」
 蔵之介は、しばらく名前や身分などについて、自己紹介のようなことをしていた。律儀だ。
 私は電話越しにおばあちゃんと話す蔵之介を、まじまじと見ていた。
 26歳、か。
 こうして、おばあちゃんと話している彼は、すごく落ち着いた大人のひとに見えた。
「ええ、そうなんです……ですから、北見け、……さんが……」
 淡々と、自分と私の出会いについて説明している。……北見さん、だって。私はちょっと可笑しくて笑ってしまった。昨日出会って、名前を名乗ってから、蔵之介は一度も私のことを「北見さん」だなんて呼ばなかった。最初から、下の名前の「有」を「アル」と読んで、そう呼んだ。
 電話をしながらぐるぐると檻の中の熊のように部屋を歩き回っていた蔵之介が、ベランダの窓の鍵を開けて、表に出た。落ち着いているように振舞ってはいるが、あれで、緊張しているのだろう。おちゃらけた様子もなく、真面目に受け答えをしている彼がまた可笑しくて、私は笑いを必死で堪えていた。
 ベランダで、二、三分会話していただろうか。私は室内にいたので、どんな会話をしていたのかは聞こえなかったが、ふと蔵之介がベランダから室内に戻ってきて、私に携帯を返してきた。
「代われって」
 そう言われて、ひとつうなずいて受け取る。電話を耳に押し当てて、もしもしおばあちゃん? と言うと、電話口の祖母は先ほどまでのおろおろした調子ではなく、きっぱりと、こう言った。

「鵜澤巡査のお世話になりなさい、有ちゃん」


   * * *


 私は耳を疑った。
 そして、電話を握っていない方の左手で携帯を指差し、目を驚きに見開いたままで蔵之介を振り仰ぐ。
 彼は、面倒かけさせるんじゃない、というようなしぐさをして手を邪険に振る。
「お、おばあちゃん、今、なんて言ったの?」
「鵜澤さんのお世話になりなさい、と言ったのよ。家に戻っては駄目。学校も、しばらくお休みしますって、おばあちゃんから連絡しておくから。いいね?」
 私は口をぱくぱくさせた。
 出るはずの言葉が出なくなった感じ。
 ほ~らね、おばあちゃんもこう言ってるから、私は家に帰るよ! それでも駄目っていうなら、おじいちゃんに車で迎えにきてもらうから。……そう、言うつもりだった。
「有ちゃん。鵜澤さんは変な人とか、悪い人じゃないから、安心してご厄介になるのよ」
「ちょ、ちょっと……ちょっと待ってよ、おばあちゃん!」
 それが、何を言い出すのか。
 ほんの数分話をしただけで、変な人や悪い人じゃない、だなんて。そう言い切るなんて。おばあちゃんらしくなかった。おばあちゃんはすごく心配性で、子供の私なんかにしてみればちょっとうざったいくらいに色々心配してくれる人で。そんな人が、会ってもいない相手を、こうも簡単にコロッと信じるだなんて。それも、孫娘を見知らぬ男のところに預けるなんていう判断を、おばあちゃんが一人で下すなんて。信じられなかった。
「お、おばあちゃん、あの人に何言われたの? うまく丸め込まれちゃったの!? ど、どうしたの?」
「……有ちゃん。いいから、そうしなさい。おじいちゃんには、おじいちゃん帰ってきたら、私から言っておくからね。大丈夫」
「お、おじいちゃんがいいって言うわけないよ! だ、だって、元警察官だもん、こんなのいいって言うわけないよ!」
「いいえ、元警察官だからこそ、おじいちゃんもいいって言うわ。むしろ、こちらからお願いしなくちゃいけないくらいよ」
「ど……どういうこと!?」
 意味が分からない。
 こちらからお願いしなくちゃいけない……?
 私を預かって下さいって、祖父母が蔵之介にお願いする……!?
 私は混乱した。混乱して、もう一度蔵之介を見上げた。
 すると、彼は、「な?」と声を出さずに口だけ動かして、軽く片目を上げて見せた。
 私は電話の受話部分を押さえて、
「おばあちゃんに、何言ったのっ」
 と小声で怒鳴った。
「別に、今までお前に言ってたことを言っただけだよ」
 そんなわけない。あんな説明で、おばあちゃんが納得するわけがない。きっと、さっき蔵之介はベランダで、私に聞かれないように、私には言っていない、何か決定的なことを言ったのだ。
「おばあちゃん、この人は何を言ったの?」
 電話の向こうのおばあちゃんに、すがるように問いかける。
 いくつか答えは返ってきたが、それは確かに私が彼に言い含められていた言葉たちだった。
「ねえ、もしかして脅されてるの?」
 ……考えたくはないが、その可能性もある。大人しく預からせると言わなければ、私を殺す、とか。
 すると、祖母は馬鹿なことを言うんじゃない、というようなため息を漏らして言った。
「鵜澤さんはね、警視庁捜査一課の特別な捜査員さんなの。だからね、脅迫なんて真似はしないわよ」
 捜査一課の刑事だからって脅迫をしないという理由にはならないと思うのだが……。
「いいから、おばあちゃんの言うことを聞いて。本当に、大丈夫だからね」

 ツー、ツー、という無機質な電話の終話音が耳元から聞こえてくる。
 私はまだ呆然としていた。唯一の味方である祖母に裏切られたような気がした。
 この無機質な音を聞いていると、この世界に、誰も私の味方はいない、全部が私の敵のような、錯覚を覚えた。
「納得したか? アル」
 納得? するわけない。おかしい。絶対におかしい。
「なんなら、おばあちゃんとこ行って、直接話すか? 結果は同じだけどな」
 おばあちゃんは、埼玉の草加に住んでいる。行って、話の出来ない距離ではない。
「いいぞ、お前が納得するまで。俺は表にいて、お前はおばあちゃんの家に入って、二人で……ああ、おじいちゃんも入れて三人で話すといい。俺が脅迫してるんなら、それで仕舞だろ。ご祖父母は人質のお前を返してもらって、俺は表に一人で突っ立ってるんだから、落ち着いて警察なりなんなり呼べばいい。……そうするか?」
 私は少し迷ってから、静かに首を横に振った。
 分かってはいたのだ。蔵之介が、そんな脅迫などしていないということは。でも、納得が行かなかったのだ。
「おばあちゃんと、蔵之介さんは、知り合いなの?」
「いいや」
 別の可能性として、知り合いだったなら、まあ分かる。昔からの付き合いで、この人は悪い人じゃないから、孫を預けても大丈夫と思ったとか。でも、それも違うという。
「あのさ……、『なんで?』なんて悩んでても、しょうがないと思うぞ俺は。お前にやらしーことはしないし、衣食住にも不自由させないでやる。俺の目の届くところなら、自由にしてろ。……何もおかしいこと、ないだろ」
 おかしいことだらけだ……。
 何が一番おかしいって、“この男には、見返りがない”ということなのだ。
 百歩譲って、やらしーこと目当てだったなら、分かる気がする。やらしーことさせてもらえる代わりに、捜査を手伝って、ご飯も食べさせてやる。それなら、動機がある。
 でも、蔵之介のさっきの言葉を鑑みるに、私を保護することによって、彼の得することというのは、なにもないのだ。まるで……、
「……私を『見張れ』って、誰かから依頼でもされてるの?」
 おばあちゃんはさっき、「こちらからお願いしなくちゃいけないくらい」だ、と言っていた。
 だからつまり、そういうことなのではないだろうか。たとえば依頼主がおばあちゃんで、最初から私を見張っていたからこそ、あのビルに駆け込む私を追って、私の“自殺未遂”を止められたのではないのだろうか。
 しかし、その私の問いに、蔵之介はばかばかしいとでも言いたげに肩をすくめた。
「そうやって俺を疑ってても、一向に居心地は良くならんだろ。ここにいるしかないんだから、もっと前向きなことを考えたらどうだよ。たとえば……俺の家には、冷蔵庫はないぞ」
 ……それは――、認めたくはないが、確かに正論だ。おばあちゃんにああ言われてしまった以上、むしろこれで一人で家に帰ったほうが怒られそうな空気だ。学校にもしばらく行かなくていい、と言われた。確かにそれは好都合だった。うるさいマスコミに取り囲まれることも、クラスメイトや先生たちに変に気を遣われることもない。学校は好きだし、皆とも仲が良かったけれど、だからこそ、慰めようとしてくれる心遣いや言葉を選ぶような間が耐えられなかった。
 蔵之介と一緒にいれば、両親の死に対して漠然と抱いているこの不審な気持ちを、調査し、捜査し、解明することができる。「解明可能」かどうかはともかく、一般人ならば持ち得ない「警察権力」を使って、普通は調べられないようなことや場所でも調査することが可能なのだ。このもやもやを解消する糸口と言っていい。それを最大限利用しないで、どうする。
「うん……」
 ――確かに蔵之介は限りなく怪しい。というか、これ以上ないくらいに胡散臭い。でも、私に危害を加えるつもりはない、と言っている。彼の言葉や気持ちを信じないのは容易いが、それでは何も先に進まないのではないだろうか……。

 少しの間目を閉じて、私は、心の天秤を見つめた。
 信じることと、信じないこと。信じないでいても、私の境遇は変わらないこと。
 だったら、答えはあっさりと出る。
 だから私は、私の目を覗き込んでいる蔵之介を見上げて、言った。

「冷蔵庫は、急速冷凍がついた、最新式のやつがいいな」

 蔵之介はそれを聞いて、複雑そうな顔をした。
 ようやく水掛け論に終止符が打たれたとほっとしている顔。
 自分を信じようとしてくれている、と気付いて、少し喜んでいるような顔。
 自分は冷蔵庫なんて本当は必要ないのに、買わされる、とすねている顔。
 そして、一体いくらするんだよ、とお金の心配をしている顔。
「ちっこい一人用ので、いいだろ……?」
「駄目だよ。私、料理が趣味なの。冷蔵庫が、一番大事だもん。あと、お鍋とかフライパンとか食器も当然ないんだよね? それも買わなきゃだよね」
「頼む、せめてしめて十万。十万以内に収めてくれ、頼む」
「じゃあ、おうち帰って自宅で料理する」
「………………」
 小さく、ちくしょー、と聞こえた気がして、私はくすりと笑った。

(続く)





ていうか私はクラアルの同居幻想を書きたかっただけだと思うのよ。

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